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法が通用するのは法に従って生きている人間だけである

いろいろ忙しいのでいろいろはしょります。チラシの裏です。


変な事する人への「抑止力」について

何やら、「アンネの日記」を切り裂く犯が話題になっているらしい。
それについていろんな人がいろんな犯人像を述べているけど、その中で1つ気になったのは「”頭の弱い”人が実は犯人だってみんな知ってるけど、事情が事情だけにおおっぴらに出来ない」という話がありました。


これを見聞きしたときに、正直「困ったなぁ…」と思ったのです。
一体、どうしたらこの行為を止めることが出来るんだろう。その抑止力となりうるものってどんなものがあるんだろう?と考えて、途方に暮れてしまったのです。まぁもちろん犯人がどういう人だか全然わかんないんで、以下全て前提もおかしな、頭の中で考えた憶測でしかないんですけどね。


極端な話さ、ほとんどの人間は「法を犯したら罰せられるからそういうことをしないようにしよう!」という行動原理で動くわけじゃないですか。ところが、仮に犯人がそうではない一部の人で、それで捕まったとしても”無罪放免”ということになるわけじゃないですか。だとしたらその犯人にとってはお灸をすえられるようなことにもなく、更生してもうやらないようになる、というわけではないな、、、と。



でも、それを「仕方ないことだ」とそのままあきらめていいのか、どうにかしてこのトンデモナイ行為を事前に止めることは出来ないんだろうか、とね。



じゃあ何が抑止力になるのさ

そこで1つどうしてこうなったか?の背景にある可能性として思ったのは、コミュニティの希薄化
昔なら、近所の目とか五人組とか村八分みたいな仕組みがあって、周りの人から「バカな事すんな!」とドヤされたりして変なことするのをやめるとか、そういうメカニズムが働いていたのかな、とかね。
それが最近は別にそういうのが気にならなくなったから、あんまり「バカなことはするな!」というプレッシャーを感じなくなっていて、行動がゆるむ、、、とかそういう変化。


その意味では、今回も仮に捕まったとしてようやく、身の回りの人に「馬鹿な事をするな!!!!」と怒られて目覚める、みたいな可能性もなきにしもあらずだよな~とか思ったりするわけです。



何を言いたいかと言うと

そんな近所の目とか、あるいはもう直接「ぶん殴られる」とかでもなんでもいいんだけど、法以外の抑止力って何か世の中いろいろありそうだな・・・ということと、


「法律があるからなんでも大丈夫だ!」と思うのではなく、それ以外のレベルについても「ダメなものはダメ!」って言うための抑止力を持ち続けることをあきらめちゃいけない、という話なんですけどね。



なんだこれ、子供のしつけか。
子「バーカ!」
親「親に馬鹿なんていうもんじゃありません!」
子「そんなのどこの法律に書いてあるんだよ!」
親「なんだと!(バシッ)!」
子「どうもすみませんでした」
→児童虐待で逮捕


ってことになるので、もちろん法はまもろう!

そもそも

アンネの日記を何冊破ったって、法律的には器物損壊の軽犯罪ですよ。



ところが、それが下手したら重大な外交問題になりかねないほどの大事である、ってガクガクブルブルしてしまうのだって、言ってみれば「第二次世界大戦の悲惨な歴史」が世界のコンセンサスになっている、という事を我々が知ってるからなんですよね。


その意味では、僕らはやはり、法以外の抑止力にもしたがって生きているわけですけど、それを知っているか、知らないのかみたいな違いはありますけどね。

でも

ウクライナに対するロシアのあの態度であっても、G7とかでにこやかに1枚の写真に納まったりしてるのを見ると、多少の外交問題なんて、どうにでもなるんじゃねえかな~などと思ったりもしますね。


いずれにせよ

本件の犯人が早く捕まって、背景が明らかになり事態が一刻も早く沈静化することを切に望みます。