読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

意識が高すぎる問題

最初の3年で仕事人生の大半が決まる説
http://sudoken.hatenablog.com/entry/2014/03/13/224448

意識高い(笑)と小馬鹿にしてる人に哀れみを感じる。 - 拝徳
http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2014/03/14/134843

意識が高くても別にいいんですよ、それを他人に押し付けなければ。
http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2014/03/15/140948



一通り読みました。私のような日々ぬぼーっと生きている人間には刺激が強過ぎて、途中で胸焼け起こして諦めそうになったりしましたが、頑張って読み切る事が出来ました。


要は何が書いてあったかというと、
・「意識を高く持て!」→馬鹿じゃないのとブクマで言われる
・「『意識を高く持て!』に馬鹿じゃないの!」と言うなんて馬鹿じゃないの!って言ってる→それに対して「上から目線で押し付けんな馬鹿!」ってブクマがつく
・最後に、「意識高くてもいいけど人それぞれだよね」という締め

みたいな感じ。

こういうのは「何をいったか」ではなく「誰が言ったか」だったりする

まぁ内容自体は「よくある人生それなりに上手く回ってる人の話」なので、ふぅ〜んそうなんだぁ〜、ぐらいの話である。


多分全く同じ内容を孫正義あたりが口にしていたら「おおぉ〜なるほどなるほど」となる(人の割合が相対的に増える)ことでありましょう。
あるいは文章をちょっと古風に書き換えて、「松下幸之助の金言」とかで偽って売り出せば、オジさんたちが一生懸命買い集めるような気がします。



ここでいつもの野球部の時の話を。
ある先輩がいまして、いつもミーティングで積極的に発言して、後輩の面倒見も良くて、目標も高く持ってよく練習をするけど、絶望的に下手くそで全く上達しなかったの。
その人は、後輩である僕らにすっごいまともなアドバイスを一生懸命送るんだけど、当時の自分らはそのアドバイスを全然聞いてなかった。「なんだあいつ、口だけじゃねえか」と。

「意識高い()」って多分そう言う事だろう、って思います。


何らかの結果を出した人間が偉そうに語るのには、「ははあなるほど」となり、「そうは見えない」人間が偉そうに語ると「なんだこいつ」ってなっちゃうんですね。その意味では、結局意識が高い事って「誰が言ってるんだ」のバイアスがかかっちゃうのよね。


その意味では「俺はこんなすげーことしてきたけどみんなはどう?」という感じが良かったのかもしれません。R社の場合「俺すげー」を増幅させる仕組みが強過ぎて客観的にどうか?という話はあるかもしれませんが、そもそもその辺は”客観的に”はかる事なんて無理でしょうな。人によっては孫正義松下幸之助も「口だけ野郎」という評価になるでしょうし。
「何もしてないのに偉そうな事を言うな」という「何もしてない」/「何か成し遂げた」なんて誰にもわかんねえもんな。なんとなくだよ、なんとなく。



まぁ、本来は「名コーチ必ずしも名選手ではない」の法則に従い、どんなアドバイスでもまともなものなら真摯に聞く姿勢、というのが必要なんだろうけどね。。。
そしてまた、「意識高い()」状態の上滑りから、頑張った結果何らかの成果に結びつく、、、というような2番目の記事に書いてあったこともありうるんだろうな、とは思いますね。


だが、一般的には「何もしてないのに偉そうな事言っている」に見えたら「アホか」って思いたくなっちゃうんでしょうね。

仲間を集める手段としての「意識の高さ」

組織には、何らかのビジョンやらミッションがあり、それを達成する為にある意味「同じ志を持つ」人間が集まる、そういうことです。
野球部は「野球を一生懸命やりたい」人間の集まりだし、ウェブ会社は「ウェブで何かを作る」人間の集まり、みたいな感じ。


そんなわけで、組織は「なんらかの共通項を持つ人間の集団」であるわけで、ある組織に属する人間は、どこか似てたりするわけですね。どっかの会社が従業員に真理テストを受けさせたらその傾向が凄く似てた、とかそういうの。


で、その共通項の基準の1つとして「意識の高さ」みたいなも、存在しうるってことでしょうね。


そうやってみると、「意識の高い事」を言っていれば、その人間の周りに意識の高い人間が集まる。それで同じ「意識の高さ」で組織が出来て、気持ちいい仲間と気持ちいい仕事が出来る。。。うむ、そう考えてみれば、きっと「仲間が欲しかった」のかな、などと思えて来ますね。


「意識が高い事を言って、それが響いたらきっとどこかで仲間になれる要素がありまっせ、それが響かない人間は、どうぞ響かない人間として、それぞれの道をお歩きください。違う世界の人間ですね」というリトマス試験紙的な役目を果たしてるかな〜的な。


3番目の記事で、「意識が高い事を他人に押し付けるな」と言ってるんですが、それはそれで一面正しいと思うのですが、多分それだと「意識が高い仲間」が出来ないんですよ。共鳴しない人に押し付けるのは間違いだと思うのですが、共鳴し合う人を探し出すには、何らかのアッピールをしないといけませんよね。


だから、僕はこういう「意識が高いアピール」もどんどんすればいいと思うんです。そして、それに共鳴した人間がどんどん集まって、「意識が高い人間のコミュニティ」がすごーくおっきくなって可視化されたらいいなっておもいます。僕は、その来るべき時に備えて、肥大化した意識の高い集団を一網打尽にドーン!と出来るような仕組みを普段から考えておこうかなって思います


以上。