怪我や病気を言い訳に使ったっていいじゃない的な話

なんかヤフーニュースを見てたら、舞台をすっぽかした俳優が芸能活動自粛で事実上の引退に追い込まれたとかそんな話を目にしました。
大変ですよね、責任ある立場としてそれを全うしないでサボってしまうという事は、大変なリスクを伴うんだなぁという事を改めて感じました。自分もそうならないようにしっかりしないと。


そこで、サボるならうまくサボろうって話なんだと思うんですよね。いや別にサボりじゃなくてもいいんだけど、病気になったり、怪我をしてしまったり、人生生きていればいろんなことがあります。怪我をおしてでも来い!なんてケースもたまにはありますが、そうそう何度もあるもんじゃありません。


つまり、怪我や病気を言い訳にすれば、サボりの言い訳にできるということですね。



私野球大好きでプロ野球とかメジャーリーグとかよく見るんですけどね、最近気づいた事があって、メジャーリーグとかで何回か先発して炎上してしまったピッチャーが、その降板後に「肩に違和感を訴えて故障者リスト入り」をするシチュエーションってありますよね。日本でいう「腰に違和感で二軍落ち」でも何でもいいです。あれって実は「チームからの温情、あるいはサボり、あるいは実力的に通用しない事への言い訳」として怪我を使っているんじゃないか?ということです。



もちろんね、ホントに怪我をしてるケースが過半だとは思うんですよ、ただ、同じ人間として「向いてない仕事をしていて本気出せなかった時に体調不良を言い訳にする」とか、「けがをしたので仕方なかったんだ」とかそういう風に思いたい時ってあるじゃないですか。なんか、それと似たような事がプロ野球の世界でも普通に起こりうることなんだ、って考えると、ちょっとは気分が楽になる気がしませんか?



そんなの当たり前だろ何言ってるんだ、という事かもしれませんけどね。多分僕は「プロ野球選手」に過大な憧れみたいなものを抱いているんだと思います。
ガチ体育会系の組織にちょっといたときに、ある選手がカカトを骨折して、全治何週間とかだったんだけど3日後には普通に試合に出ているってことがありまして。それで「なんで?大丈夫なんですか?」って聞いたら「バカお前アスリートは誰でも怪我の1つや2つ抱えてるもんだ。それを当然のものとしてスポーツやる位でないとダメなんだよ」とかまぁそんなことを言われたわけです。
私は「ウワーやっぱこの人たち頭がおかしい」と思ったんですけど、そんな人間たちの頂点に君臨するような人たちだから、ちょっとやそっとの怪我では休まないすごい人たちなんだ!!!と思い込んでしまっても不思議ではないですね。はい、頭が弱いですね。



まぁそんなわけでプロ野球選手はスターでガチ練習してる世界だ!と思い込んでいたけど、実は結構人間臭くてサボったり俺はまだ本気出せてないって言い訳したりしてるんだろうな~って思いなおした、また一つ大人の階段をのぼってしまったような切ない夜でした。



私もクビにならない程度に言い訳して普段サボりながら、大変な時に本気出せるような人間でありたいですね!

趣味は絞らないといけない話

先日から酒を飲むようになったので今日は酔っぱらってお送りしております。

こないだね、焼肉屋に行ったんですよ。
とっても美味しかったんですね。希少部位をジャンジャンだしてくれるお店で、肉の柔らかさといい、小シャレた雰囲気と良い、もう最高だったんですね。もうふわふわっと。是非あのお店は行くべきだと思いますね。


とかなんとか言ったって、全然その肉のおいしさが伝わらないんですよ。


なんでかわかりますか?それはですね。
写真が無いからなんです。
写真が無いとやっぱりさ、そういう食べ物の美味しさが全然伝わらないと思うんですね。


とか思って、写真を携帯で取るじゃん?そうするとどうもぼやけた感じの写真が出来上がってイマイチな感じになる訳よ。そこで、カメラを買う訳ですよ。デジ1とか。そうするとさ、今度は画像は鮮明だけど、どうにもアップの感じがイマイチで、構図的においしそうじゃないとかあるわけよ。
そうなってくると構図の研究したりしてさ、さらに上手い人の写真の取り方を研究するようになってさ。。。


そんな感じで趣味ってのはどんどん広がって行くと思うんですよ。それはそれでいいんですけどね。



けど、もう僕は大人なんですよ。それなりに仕事で忙しくしていたりするので、何でもかんでも手を出しては行けないと思うんですよ。


まぁその、多分なんというか、自分の中で「何かを始めるならそれなりのポジションまで突き抜けなきゃならない」みたいな考え方があるんだろうなって思ってます。つまり、勝てる勝負をしよう、その為にしっかり自分の時間を投資出来る、それだけ楽しみのあるものにしよう、ということですよ。

今からカメラを始めたところで、すごい上手な人に機材的にもテクニック的にも追いつけない訳だし、そこを没入するには、「焼き肉おいしかった。この美味しさを伝えたい」ぐらいのモチベーションじゃ多分やってけないわけなんです。


今日の飲み会は人狼会の二次会だったんですけどね、二次会からの参加で人狼自体はやってないんですよ。何人かに言っていた通りもう人狼を引退したんです。

僕が人狼を引退した理由ってのも、カメラをはじめないのと同じなんですよ。人狼は楽しいけど、なんか自分の中で上達するイメージが湧かなくなってしまったんです。やり抜くならセオリーを把握して、その中でログを取りながら相手の動きを探って、、みたいな丁寧な仕事をしていかないと行けないんですけど、多分僕はそこまでやれない。そこまでやりきれない(モチベーション的に)のであれば、多分これ以上上達しない(どっちかというと楽しい会話の中で粗捜しをするぐらいのイメージ)。であれば、中途半端にそれに時間を割くぐらいなら、「別の注力すべき事をやり抜くのにリソースを使おう」とか思ってしまう訳です。



いろいろ忙しい大人の趣味は自分が突き抜けられるところに1点集中しよう!って話ですね。


ということはですよ、せめて焼き肉のおいしさを伝えるのに、写真が使えないなら、文字だけで伝える必要がありますね。ではチャレンジしてみましょう。
「ロースの希少部位を引き立てるのはやはりタレの甘みだと思う。焼き肉を塩で食うのが通だという考え方がまかり通っているが、ことロースに関しては圧倒的にタレである。薄く広く切られた肉をさっとあぶってタレにつける。それを大盛りのライスの上にスッと乗せてライスを巻くようにして味わう事こそが、焼き肉を食べていて良かった〜と思える瞬間だと思うのです。」



こんな感じかしらね。



次回はその「突き抜ける為に時間をどんどん割いている」楽器演奏にいて何か語る予定

東京生まれで広島ファンになってはや20年

広島勝ったー!まさかのサヨナラ勝ち!


そうなんです。何を隠そう私は広島カープのファンなんです。やりましたね。


たいてい、広島ファンと答えると「広島出身ですか?」と聞かれるんだけど、東京生まれ東京育ちで全然接点が無かったんですけどね。小さい頃はヤクルトのファンで、神宮とかによく行ってました。あと近所の家のお姉さんがハムの球団職員やってて、その関係でガラガラの東京ドームにパリーグの試合とかたまに見に行ってた程度。


それなのになんで広島ファンになったのかというと、多分2つあって、当時やたら強かったのと、パワプロ前田智徳でヒットを打つのが楽しくていつの間にか、というあたりかなぁって思ってます。そんなわけで前田ファンです。
めんどくさいんで、「前田智徳がカッコ良くてそのまま気づいたら広島ファンに」って答えてます。大体合ってる。


しかし、そんなこんなで私がファンになった93-4年頃からカープは全く優勝してないし、ここのところ十何年連続Bクラスなんて悲しい事になっている。私はひいきの球団が負けた時のストレスは大変なものがあるという仮説を常日頃から持っております。今で言ったら熱烈な巨人ファンと熱烈なDeNAファンでは平均寿命が10年は違うと信じて疑っていないのですが、誰か真面目に統計を取ってくれる事を切に願っております。
そんな事はどうでもよくて、私が言いたいのは「広島ファンになってから良い事なんてあんまりなかった」というわけですよ。もうファンになった頃の強さから、年々弱くなって行くし、オーナーが代わってイライラしっぱなしだし、ホントもう何度ファンを辞めようと思った事か!



まぁそんなわけであんまりいいことなんて無かった訳ですが、たまにはいいこともありました。それは広島ファンの女性を嫁さんに出来た事ですかね。


嫁さんに初めて会ったとき、私は「この人へんな人だな〜」って思ったんですが、嫁のほうは私を「広島ファンなら良い人に違いない」って思ったらしいですよ。ちょろすぎますね、気をつけた方がいいですよ。
それだけが理由じゃないと思いますけど、おかげで広島の勝敗で家庭内の雰囲気が著しく変わる大変ハートフルな家庭を持つ事になってしまいましていろいろアレですが、そのくらいはまぁいいかなと思う次第です。


最近では丸選手がイチオシです。というのも私の父親の取引先の息子が高校時代丸とバッテリーを組んでいた縁で入団時からずっと応援しているしサインもくれたからです!!!!遠いですね!!!!!!!
最近と言えばもう一つ、「前田が好き」で始めた広島ファンですが、そろそろ前田が引退しそうなんですよね。引退したら論理的には広島ファンで居る理由がなくなるのでその時にはヤクルトファンに戻るかもしれません。川島慶三とか森岡とか田中とか私好みの選手が多いんですよね。土橋の系譜。なんでヤクルトはああいう選手を量産出来るんだろう?よくわかりませんね。


当ブログで、野球の話もジャンジャンしていくと言っておきながら全然してなかったので今日は勝利記念にちょろっと書いてみました。

最近読んだ本 渡辺航「弱虫ペダル」

こういうの弱いんですよ。


主人公は入学したての千葉の高校生。なんとオタクで、電車賃を削ってグッズを買い集める為に毎日秋葉原までチャリで通っているというキワもの。そんな彼が自転車部にエースとして入学して来た生徒に目を付けられて、、、ロードレーサーとして開花して行く話。


入りとは全く異なり、ストーリーはいわゆるスポ根ものとして展開して行きます。見いだされる主人公のかくれた才能。それを開花させる激しいトレーニング。その過程で出会うライバル。いろんな人がいろんな強みを持ってて、その技を披露し合う場所。そこで限界に近いところで持てる力のすべてを出し切って戦う人たち。そして友情努力勝利。
もうね、まさに少年漫画の王道ですよ。


ずっと一人で自転車こいで趣味に没頭していた子がさ、チームの為に何ができるかって考えるようになって、自分の実力以上のものを大舞台で出して行く姿とかホントもう涙なしには見れませんよ。読んでて何度も何度も震えが止まらないシーンに出会えました。それだけでも感謝感激です。


具体的なシーンをどんどん貼付けていちいち解説したい気分なんだけど、ネタバレになっちゃうのですごいもったいない!!!なんの先入観もないまま読んでほしい!!!!!というのもありどうしようかというジレンマです。


というわけで、スポーツもの、少年漫画系が好きな人なら絶対楽しめる漫画。すごい良かった。まだ連載続いてるけどこれからどうなるかホント楽しみです。


近々アニメ化されるらしいんで、こっちも楽しみにしております。



弱虫ペダル 1 (少年チャンピオン・コミックス)

弱虫ペダル 1 (少年チャンピオン・コミックス)

社畜に「経営者目線」は必要なのか?について雑に考えてみた

というタイトル。なんか数日前から経営者がそんな風に「従業員は経営者目線を持て」みたいなことを言ったとか言わないとかでいろんなところで反発の声が上がってTARI上がってなかっTARIしてるのをぼんやり見聞きしました。
多分ユニクロだったと思う。ホントはソースのチェックとか(その話題になってる記事そのもの)、反発しているブログの記事とかを引用すればいいんだけど、僕は元来雑な人間なので、そんなめんどくさいことしません。この辺の大雑把加減が僕の悪いところだっていうのはわかってるんですけど、なかなか治りませんね。困ったもんだ。


さてユニクロ。ユニクロが良い会社であるかどうかはともかく、柳井さんは経営者としては不世出の存在で、歴史に残るレベルで間違いないでしょうね。野菜事業がうまくいかないと見るやバサーっと全部無かったことにしたり、任命した後継者を物足りないからって1-2年でクビにしたりと、普通の人間なら情やしがらみに流されたりして中々実施できない事を、ためらいなく(内心で葛藤はあるのかもしれないけれども)ズバズバやってのけられるという点において常人離れしています。アカギか何かも言ってましたよね。「大事なのは、考え抜いた結果を信じて突き進むことだ」みたいな。やるときはやる。それですね。
だからすげー決算出して炎上してるなんとかLabさんもきっと赤字プロジェクトバサーっと切って従業員3分の1にしたりするんじゃねえかな~って期待してます。

蛇足だけど柳井さんの考え方を知るのには、10年ぐらい前に日経ビジネスアソシエで連載してた柳井さんのQ&Aコーナーが一番おすすめだと思っているんですけどね。読者の「上司がいちいちうるさいんです」とか「できない新人君が入ってきた!」みたいなどうしようもない愚痴質問に対して「それはおめーがまずしっかりしてないからだ」「正しいことが通らない組織なら変えろ。変えられないならやめちまえ」みたいな感じでズバズバ切り込んでいく様は大変勉強になります。あの連載、書籍化されてないんですかねえ(要望)。


そんなことはどうでもいいんですよ、そんな柳井さんが「従業員は経営者目線だ」とか言ったら僕みたいな柳井信者は「ふぅ~んそうなんだぁ~」とホイホイ信じてしまいそうなもんですが、僕は騙せても世間様はだませねえぞ!というわけでいろいろ言われているようなんです。
なるほど、じゃあ自分でも少し考えてみましょう。


社畜に「経営者目線」は必要なのか?


そもそも、経営者目線ってなんだろうね。そこについて深く考えだすとそれはそれで深淵にたどり着いてしまいそうなので省略。ここでは「従業員として上から言われたことをダラダラと実行するだけでなく、経営者になったつもりで自分の頭で考えて判断し、成果を出すつもりで行動しよう。」ぐらいの意味でとっておきましょう。



僕の結論はこんなかんじ。
社畜に経営者目線は必要な奴にはいるが、必要ない奴にはいらない。(あるに越したことはないと思うけど。)そして全員にそれを強制するような会社には多分「経営者目線が必要な人間」しか残らないので、「必要ない」と思っている人間からの批判は外からのものであり、そんなもの「会社の社訓」みたいなもんだから放っておけばいいのでは、会社の評価はそんなところでなくて業績でしょ、というものである。
なんか当たり前っぽいけど。


順番に書いていこう。まずは「必要な奴にはいるが、必要ない奴にはいらない」について。

社畜システム(日本の高度成長期に合わせて設定された集団就職に始まる企業従業員として数十年働く仕組み)の前に、こういった商売活動の働き方として、日本でよくあったのは丁稚奉公のシステムである。丁稚奉公とは何か。めんどくさいのでWikipedia転載である。

丁稚 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%81%E7%A8%9A

丁稚(でっち)とは、江戸時代から第二次世界大戦終結まで行われた商店主育成制度。またはその制度によって入門したばかりの者をさす上方(関西)のことば。年季奉公の一形態である。また現代でも一般社員(ヒラ社員)が自嘲的に「まだ丁稚です」と比喩的に使う事もある。上方ことばの丁稚に対して江戸(関東)ことばでは「小僧」である。

まぁそんなわけで、商店主のもとで一生懸命働いて、ゆくゆくは番頭になったり、のれん分けして独立したり、あるいはのれん分けでなくても地元に帰って商店を出したり、というのを目指すわけだ。

番頭となるのはおおむね30歳前後であり、支店をまかされたり暖簾分けされ自分の商店を持つことが許される。ただしそこに到達するまでは厳しい生存競争に勝ち抜く必要があった。江戸期の三井家の丁稚の場合暖簾分けまで到達できるのは三百人に一人であった[2]。

厳しいね~。

ただ、ここでは割と目的がはっきりしていて、丁稚奉公する人たちは将来的に「自分で店を持つ」あるいは「この店の番頭になる」ということを目指すわけである。
そのようなゲームのルールになっているときに「経営者目線を持っておく」というのは有効に機能するというのは間違いないでしょうね。なんでかっていうと、丁稚という身分でリスクを背負わずに経営者的な判断が出来たりとか、間近の経営者が判断している様を見たりとかできるわけじゃないですか。そこで経験しておくと将来的に絶対役に立つわけですよ。本来経営者になってからやるべきことを丁稚のうちにやれたらいいですよね。



というわけで大体もう言いたいことは分かってきたと思いますけど。現在の社畜に話を置き換えたときには単純明快で、「将来的に独立起業を考えている社畜」にとっては、「経営者目線」というものを持っておくとお得な事だらけなので、絶対に持っておいたほうがいいとおもうんですよね。


翻って、丁稚の時代とは違って別に将来的に「自分の店を持つ」なんてのをゴールにしないでいいわけですよ、それなりに楽しくやっていけば食っていけるなんてのもね。
そんなわけでそんな人には経営者目線はいりません。ただ、経営者目線を持つべき!なんてものに反発してそんなものイラン!と言っている人は「生涯社畜宣言」をしているようなものなので、むしろそれは「俺は社畜万歳!一生雇われてワンワン言われたことだけやって仕事をこなしたいです!」あるいは「仕事なんてしたくないからダラダラのんびり生きていきたい!それなりに」と主張すべきだと思います。
一方で、経営者目線云々にに反発する主張をしている人が脱社畜的な事を言ってるのを見ると????が頭の中に出てきて矛盾してるんじゃないかな、って思ったりするわけです。




さてもういっこ、そんな経営者目線なるものを従業員全員に強制するのはどうなの?ということについて。
それはたぶん丁稚奉公の後に生まれた高度経済成長期の日本の雇用システムの名残なんでしょうね。
それはどういうことかというと、「1億総中流でみんなそれなりにエリート」「仕事で頑張るとどんどん昇進してポジションが増える」「最終的には役員になって上がり」というアレのことです。


そんな世界だとどうなるかというと
・ミドルマネジメントが優秀で経営者はお飾り的
・内部での経済性(昇進競争みたいなもの)が外部にも影響を与える(業績)
みたいなことが起こるわけです。
僕はそのへんの”1億総中流システム”が日本の高度成長の最大の要因だと思ってるんですけどそれはまた別のお話。

もうめんどくさくなってきたのでどんどんはしょります。

それが崩れて、ある意味「僕経営者!」「僕それに雇われる人!」みたいな階層化が出来てきたのは、良い事でもあり悪い事でもあるんでしょう。
そんな世界においては、なかなか「全員に同じ方向を向けさせるのは難しいよね」という話になります。
言っておきますけど僕は「頑張りたい人は頑張ればいい。そうでない人はそれなりに」主義です。


実際問題全員がユニクロで経営者になるチャンスがあるかというと多分そうではないでしょうね。だから多分働き方どうこうって話ではないんでしょう。
柳井さんがどう宣言したってなかなかそこが変わったりするのは難しいでしょうな。


とかなんとか考えていて、今更そんなの時代錯誤だな~とかすごい思ってたんですよ。やりたい人にやらせて、そうでない人もいるってことを認めていかないと今日日の経営なんてまわらないよね、、、って


そこでふっと思いついたのですが、あそこで宣言しているのは社訓とか社風とかのようなもんなんではないか、という説です。アットホームな職場とか、和気あいあいとした雰囲気と同じレベルで「従業員が全員経営者目線を持っている会社」というのも並列で存在してしまうような気がしています。

従業員全員が経営者目線を持っている会社で働きたいか?私は嫌です。たぶん多くの人間はそう思うんじゃないかな。でも、そこで働きたいっていう物好きな人間は多分一定数存在していて、そういう人が集まっていき社風を作っていくんじゃないでしょうかね。
なんでR社にはR社っぽい人間ばっかり集まるんでしょうね。ビジネスモデルとしてのR社は本当に素晴らしいと思いますけど、個々人の”R社的人間”は私はあまり好きではありません。また蛇足で余計な事を言ってしまった。



というわけで、社風を規定しているだけなんだから、そんなところで働きたい人間が働けばいいのであって、働きたくないならちかよらない。ましてやそれについてプリプリ外から文句を言うのはお門違いなわけですよ。
会社の評価ってのは単純明快で、業績ですよ。それで業績があがればみんな称賛するし、ダメだったらくそみそにいわれるわけです。だからまぁ、全員が現代的な経営者目線で働く会社が成功するのか失敗するのか生暖かい目で見守ればいいんじゃないですかね。
業績が上がるならゲーム会社がスポーツクラブを経営したっていいし、社内結婚を推奨したっていいんですよ。


とまぁこんなところでしょうか。いつか「日本でブラック企業が生まれる理由」なんかも書いてみたいと思いますがそれはまた今度。

花粉症が「原因不明の奇病」だった時代

私は花粉症である。
多分私が小6ぐらいの時に発症しているので、かれこれ20年ぐらいの付き合いである。なんだ、気がつけば長くなってしまったね、記念日にはお祝いでもすれば良かったね。


さて、こんな花粉症ももう一段落してしまった時期に花粉症の記事を書くのもいたって愚かな話でありますが、それもこれも私のブログの更新が滞っているせいでありまして、関係各位には深くお詫びを申し上げます。


ホントはこれでもう終わらせてしまっていいんだけど、私が花粉症歴の長さを自慢すると、かならずそれにかぶせて自分自身の自慢をしてくる人間がいます。



それは私の父親です。



確か東日本大震災の直後ぐらいに還暦のお祝いをしたので、多分今年62歳になる私の父親は、どうやらもうすぐ花粉症歴が50年前後の模様。なんてこったい。この記録を上回るには、早急に父親にはこの世から退場していただいた上であと30年ほど生きるしかないと考えると中々ハードルが高いものを感じます。非常に親子関係は良好です。父親の夢は息子と酒を飲みかわすとのことでしたがお父さん、息子は酒が飲めない体質でした。



そんな父親の自慢話と言えば、「俺は小学生の頃から花粉症だった。多分日本で初めての患者だ」「毎年春になると苦しい、苦しいってんで医者に行ってたんだけど、近所の耳鼻科は何も役に立たなくて、いろいろ転々として、大学病院にまで行って、鼻の手術を受けた事もあるんだ」「あるとき、知り合いの大竹っていうヤブ医者のところに行ったらやけくそでヒスタミン剤をくれて、それでピタっと止まったから、それ以来ずっと同じ薬を飲んでる」というのが主な内容である。(尚、大竹医師は数年前に逝去)



いやね、恐ろしいのは「鼻の手術」ですよ。今にして考えてみれば、花粉症で手術なんてありえん!と思う訳ですが、謎ですよね。くしゃみ、はなみずがとまらない、特定の時期だけ、ほとんど症例がないとか、そんなわけだから、そういうこともあるよね。


もしかしたら、30年後は逆に花粉症を一発で直す手術が確立してて「花粉症に薬飲んで対処してたとか馬鹿だよね〜こんな簡単な事なのに」とか言われてるかもしれませんね。




それともう一つひっかかっていたのは「俺は日本で初めての花粉症患者」という言葉です。昔それホントかな〜と思って、花粉症の歴史を調べてみたんです。Wikipediaで。ありがとうWikipedia


以下長いけど引用。長いけど、本文はもっともっとクソ長いので、多分1割も引用してないはず。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%B2%89%E7%97%87

日本においては、(中略)その正確な出現時期は判っていない。

たとえばスギ花粉症の発見者である斎藤洋三(当時は東京医科歯科大学所属)は、1963年に鼻や目にアレルギー症状を呈する患者を多く診察したのが花粉症に気付くきっかけとなったというが、過去の記録を調べ、毎年同時期に患者が急増することを確認している。また、1989年に65歳以上の耳鼻咽喉科医師に対してアンケートを行った結果、初めてスギ花粉症と思われる患者に接したのは1945年以前であるとの回答が4.7%あったなど、総合的にみてスギ花粉症の「発見」以前に患者に接していた医師は回答者の4分の1に達したとの調査がある。さらに、高齢の患者を調べたところ、戦前の1940年以前に発症したとみられる患者もいた。(中略)

1960年後半からおよそ10年は帰化植物であるブタクサによる花粉症が多かったが、1970年代中頃からスギ花粉症患者が急増した。特に関東地方共通のできごととして1976年に第1回目の大飛散があり、その後1979年、1982年にもスギ花粉の大量飛散と患者の大量発症があり、全国的ではないにしろ、ほぼこの時期に社会問題として認知されるに至った。「花粉症」という言葉が報道等で一般的に用いられるようになったのもこれ以降である。(必殺仕事人III第30話(1983年5月6日放送)に「スギの花粉症に苦しんだのは主水」というサブタイトルが付けられていることからみて、この時点では既に人口に膾炙した言い回しであったと考えられる。))。


なるほど。戦前には患者らしき人間がいたらしいね。そんなわけで彼の主張はおそらく間違っていて、戦前から花粉症患者はいた、ということでファイナルアンサーですなあ。


というわけで、意気揚々と「いや〜残念。戦前から居たらしいよ〜。ただ、ちゃんと花粉症ってのが発見されたのは齋藤って医者が見つけたらしいよ」という話をしたら父は


「あーーーっ!」と声を上げ、続いて


「俺の手術した医者、サイトウって名前だった気がする。うん。サトウだかサイトウだか。偉い先生らしい」とか抜かしおる。



あれですね。医学の進歩の歴史には、医者のたゆまぬ努力と無名の患者の存在がいる、ということで。

酒が飲めない、というか私の体は水しか受け付けないのではないか説

はい。飲めないんですよ。
どのくらい飲めないかというと、ビールをコップ1杯までは気持ちよく飲めるけど、そこから先は気分が悪くなって顔が真っ赤になったり真っ白になったりぶっ倒れたりします。


あるいは、高校生のときの保険体育の授業かなにかで「アルコールパッチテスト」なるものを受けたときに、40人のクラスで小池君と僕の2人だけが引っかかり、「君たちは急性アルコール中毒に注意してね」などと名指しで注意されたりしていたレベルであります。


そんなわけで本来は注意しなければならない立場の人間であるにもかかわらず、酒を飲んでもいいぐらいの年になったときには、周りには体育会系あるいはウェーイ系の人間しかおらず、「酒なんて飲めば飲んだだけ訓練すれば飲めるようになるんだよ」の文化が平然とまかり通っている世界でした。
いやーそんなわけで飲みまくりましたね。中途半端に飲んで体にアルコールが溜まるとヤバいので、むしろ最初からガンガン飛ばして、「ちょっと失礼」と中座してトイレで速攻全部出し、まるで小便に言って来たかのようなはやさでもどって何事も無かったかのように飲むとか、そういうことを毎日のようにやっていた訳です。


社会人になると、そんなに飲まなくてもよくなり、お客さんとのおつきあいで一杯とか、そのくらいはこなし、社内では「もう酒全然飲めません」で通しているので良かった良かった。という話。





話はそれで終わらないんですよ。私、コーヒーも飲めないんです。
コーヒーを飲むとね、眠れなくなるんですよ。午後あたりに飲んだら、もうその日は3時4時まで全く眠れません。ようやく日が明ける頃にウトウトして、それでもう翌日。たまりませんね。多分カフェインが効きすぎちゃっているんでしょうね。

社会人になってしばらくしたころ、そんな話を上司にしたらニヤリと笑って、それ以降徹夜で働かなきゃならないような日の朝に上司からコーヒーのプレゼントが届くようになりました。口は災いの元と言うか大人汚いさすが汚いと言うべきか。



一方ね、「同じカフェインならお茶も飲めないのではないか」と言われてたんですけど、何故かお茶は普通に飲んでも大丈夫、だったんですよ。
いや、正確には大丈夫だと思ってたんですよ。

昔いってた飲み会は、そそりゃもうその勢いですから基本夜通し行われる訳です。そんなわけで、ずっと「飲み会と言えば夜通しやるもの」という意識が刷り込まれていたわけですね。
その癖がずっと残っていて、社会人になってからも、飲み会があると、普通に夜家に帰っても寝れない、朝まで寝れなかったんです。
それはその「飲み会が朝まであるもの」という意識と、それに体が慣れているから、というある種の自己暗示的な者がベースにあったんだろう。



と何年も思ってたんです。



しかしあるとき、「あれからもう何年も経っているのに、そんなに体の記憶と自己暗示って強いのか?」と疑問に思って冷静に考えてみたんです。
それで出した結論。




飲み会で飲んでるウーロン茶で眠れなくなってる




もうこれですよ、これしかない。僕は一体どんだけ勘違いをしていたんだ、、、という話ですよ。
やっぱりコーヒーを受け付けない体質は、同じカフェインを含むお茶もあまり受け付けない体質だったんですね。



だから、最近はお茶だけじゃなくてジュースとかも飲むようにしてるんだけど、ジュースは糖分があるからあんまり飲みたくないんだよ。居酒屋は水を出せ!なにもただで飲もうとしてるわけじゃないんだからペリエを出せ!!あっ炭酸水を夜に飲むと気分が悪くなるのでダメだ!!!!ああもうどうすりゃいいんだ!!!!!!!!!



というわけで居酒屋で何を飲んだら良いか、最近割とマジで迷ってます。もう1週回って酒を飲み始めようかななどと思ってます。